မင်္ဂလာပါ။ (ミンガ ラァ バー)
T-skyです(#^^#)
2021年も残すところ、今日を含めて5日ですね。ありきたりの言葉ですが、本当に一年が経つのは早いと感じる今日この頃です。
今年はミャンマーに関わる全ての人にとって、まさに激動の1年だったのではないでしょうか?
今回は、私にとっての2021年ヤンゴンライフについて振り返ってみたいと思います。
2021年にやってきたことを振り返りたいと思います。
これが私の『 2021年 3大ニュース 』
あくまで個人的な出来事です。
今年の重大ニュースをまとめました。
Top3:ミャンマー語を本格的に勉強開始(と思ったら中断せざるをえなくなった)
Top2:『 ヤンゴン生活情報ブログ ヤンゴンベース 』開始
Top1:忘れられない2021年2月1日のこと
3つを上げるとすれば、この3つになります。
順番に理由を含めて解説致します(#^^#)
Top3:ミャンマー語を本格的に勉強開始(と思ったら中断せざるをえなくなった)
ミャンマー語をしっかり学ぼう!と思い、1月からオンラインクラスでの勉強を始めたのですが、中断せざるを得なくなりました。
やる気満々でオンラインクラスを始めたものの、(3大ニュースTop1と関連しますが)ミャンマー全体でそれどころではなくなってしまい、中断せざるを得なくなりました。
2月、3月と部屋で一人でコツコツ勉強していましたが、私自身もなかなかミャンマー語の勉強に集中できない環境が続き、一旦リセットすることとしました(-_-;)
2022年は言い訳無用で、ミャンマー語の勉強に取り組みたいと思います!
Top2:『 ヤンゴン生活情報ブログ ヤンゴンベース 』開始
日本に一時帰国してから、早数カ月が経ちました。
ヤンゴンへの想いは募るばかりです。
状況が落ち着いたら、また必ずヤンゴンに行きます(#^^#)
2020年3月末頃からコロナ感染予防措置がミャンマーでも設けられました。各国と同様に入国制限が設けられ、以前のような自由な往来が制限されています(2021年12月26日現在)。
そんな中で政情不安も高まり、一時帰国している状況です。
引き続きヤンゴンに残っている知人、再び再赴任した知人、そしてミャンマー人の仲間、皆様が安全に過ごされていることを毎日願っています。
私自身は2015年に初めてヤンゴンの地に降り立ちました。まさかその後、ヤンゴンで駐在生活を送ることになるとは全く考えもしていませんでした。
御縁って不思議です。
今ではすっかりヤンゴンの魅力に魅了されています。
多くのミャンマー人の方々と御縁があり知り合うことが出来ましたが、皆様には本当に本当に本当に、お世話になっています。
感謝しかありません。
そんな大好きなヤンゴンの魅力を記憶に留めておきたい、なんならヤンゴンの魅力を私も発信してみたい、そう思い、当ブログ『 ヤンゴン生活情報ブログ ヤンゴンベース 』を始めました。
ヤンゴンでの生活に役立つ情報を発信する中で、ヤンゴンの魅力も伝えることが出来ればと考えています。
2022年以降もどんどん記事をアップしていきたいと思っています!
どうぞよろしくお願い致します。
ブログの他にも、インスタやツイッターも始めてみました。
現状はこんな感じです。
2022年はもっともっと多くの方々と繋がれたら、嬉しく思います(#^^#)
2022年の振り返り時には、繋がることが出来ている方々がいったいどれだけ増えているのかが、今からとても楽しみです!!(#^^#)
・ブログ:『ヤンゴン生活情報ブログ ヤンゴンベース』
2021年10月23日開始 ブログ最高訪問者数/日)106名
・インスタグラム:2021年6月20日開始 フォロワー様 528名
最高PV数/投稿)217回
※手がカサカサでスーパーの袋を開けることが出来ないおっさん動画です(笑)
・Twitter:2021年12月4日開始 フォロワー様 25名
ツイート数)107回 最高いいね数/ツイート)6回
(2021年12月26日 日本時間22時22分現在)
Top1:忘れられない2021年2月1日のこと
なんといっても、これ。
2021年のミャンマーといえば、このことしかないでしょう。
この日のことを、私は一生涯忘れることがないと思います。
長文になりますが、忘備録を兼ねてしっかりと書いておこうと思います。
当日の緊迫感が皆様に伝われば幸いです。
深く思い出すためにも、簡単に当日までの流れを時系列で整理したいと思います。
- 2020年11月:総選挙
- 2021年1月下旬:政治的な不穏な噂を耳にし始める
- 2021年2月1日:事件発生(11月の総選挙で選ばれた人たちが初登庁する日でした)
私は毎朝、ユーチューブを視聴しながらお弁当の準備しています。日本とミャンマーは時差が2時間半ありますが、ミャンマー時間で朝6時(日本時間8時30分)から毎日、お弁当の準備を始めています。
あの日も同じルーティーンで過ごしていました。
お弁当の準備は着々と進んでいましたが、視聴しているYouTubeチャンネル(両学長 リベラルアーツ大学です。金融リテラシーを高めるにはもってこいのチャンネルです!)が突然止まり、視聴することが出来なくなりました。ヤンゴンにいるとWi-Fiが繋がりにくいことがたまにあるので、あの時は『あ~、またか』と思う程度でした。
しかし、Wi-Fiだけではなくてケータイも圏外になり、『ん?』という感じでした。ケータイが圏外になることは殆どなかったので、『どうしてかなぁ?』と思いつつも出勤の準備を行いました。
2020年4月以降、ミャンマーも全土でコロナ感染対策措置が取られており、バスなどの人混みが多い交通機関を避けるためにも、スタッフ全員で同じ車で出勤をしていました。いつもなら自宅近くに車が来るとスタッフから連絡があるのですが、ケータイは圏外ですので当然連絡がありません。いつも迎えに来てくれる時間になりピックアップポイントに向かうと、車が停車しており迎えが来てくれていました。
みんなと会うなり挨拶も程々に、『ケータイが繋がらないね』という話を、会社までの道中ずっとしていました。会社に着きましたが、会社のWi-Fiもつながりません。自宅で契約している通信会社とは別の通信会社でしたので、会社のWi-Fiは繋がると思っていましたが繋がらず、少し不安になりました。
8時30分から仕事を始めましたが、9時になっても、10時になっても、Wi-Fiがつながりません。ケータイ電話も全くつながりませんでした。会社からのメールも確認が出来ず、なんとなく不安な気持ちが強くなってきてはいましたが、午後には通信は回復するだろうと何の根拠もなく考えていました。
そうこうしていると、同じフロアに入居している会社のスタッフ達が通路でざわざわし始めました。これは何かおかしいなと思い、パーキングに待機していた運転手のもとへ『今日は早退しようか』という話をするために、スタッフと共に向かいました。すると、運転手が使用している通信会社のSIMが一瞬だけネットが繋がったとのことで、タイのニュースをたまたま視聴したらミャンマーのことがニュースになっているとのことでした。彼も慌てて私に伝えに来ようとしていたところだったので行き違いになりそうでしたが、運よくすぐに会えたことで、今何が起こっているのかを理解することが出来ました。
人間って不思議なもので、状況が理解出来ると意外と冷静になれる様です。私自身、一瞬で頭が切り替わりました。冷静に『今何をすべきか』『スタッフを安全に帰らすにはどうするべきか』を瞬時に考えて判断することが出来ました。まずはすぐに事務所に戻り、事務所運営に関する貴重品や書類をまとめ、車に飛び乗りました。
ある程度の期間は外出が出来ない可能性があることを想定し、スタッフと一緒にスーパーマーケットへ向かいました。驚いたことに、すでに情報を聞きつけた市民達や外国人達が殺到しており、駐車場の入り口から入場制限が敷かれていました。
みんな一様に不安な顔をしていましたが、取り乱しもせずに列をなしてスーパーマーケットに入れるのを待っていた姿が印象に残っています。『食料は充分にあるので慌てないでください』という店内アナウンスもありましたが、インスタント麺や冷凍食品、日用品等をとりあえず買い込みました。
ミャンマーには大手通信会社が4社ありますが、全ての通信会社のSIMが使えない状況でした。スタッフと帰路についている道中、突然に運転手のケータイがなり、LINEアプリのメッセージを受信していました。色々なことを考えながら窓の外を眺めていたのですが、ふと我に返りました。『ん⁉今、LINEの着信あったよね⁉どこの通信会社のSIM使ってるの⁉』と、我に返るなり運転手に確認しました。『MPT(元国営の通信会社)です!!』との返事。すぐにMPTのSIMを購入出来るショップを探すように運転手とスタッフに伝え、私も目を凝らして道端の店舗を確認しました。運良くすぐにMPTのSIMを販売しているショップを見つけ、全員分のSIMを購入し、今後を見越して金額のチャージも行いました。
私たち同様にMPTが通信出来ると気づいた人たちが、SIMカードを買い求めてそのショップに押し寄せていました。若干早くショップに着いた私たちは、すぐにSIMを購入することが出来ました。
通信できるや否や、日本本社の方々や他の東南アジア諸国で勤務している駐在員の方々からのメッセージや着信履歴で溢れました。とにかく急いでみんなに連絡し、無事を伝えました。
何が起こるかわからない状況下でしたので、スタッフや運転手の安全も考えて、とにかく急いで帰宅しました。
家に着き、食料品や日用品を整理した後に一杯の水を飲んだ時、少しの落ち着きと共に大きな不安感が押し寄せてきました。
とにかく精神的に疲れた日でしたが、あの日は一睡も出来ませんでした。
その後のことについては、日本を始め世界中で報道されていますが、とにかく、安全に過ごせていること、そして私にとって大切な人達・仲間も安全に過ごせていること、その事実が私にとってはとてもありがたいことです。
大切な人達が安全に過ごせていることに、日々感謝しています。
きっとまたみんなと一緒に仕事が出来る、私はそう信じています。
まとめ
2021年はまさに激動の一年でした。
本当はもっともっと色々なことがあったはずなのに、あまりにも2月1日の出来事が印象に残りすぎていて、他の事が小さい出来事のようにすら感じてしまっています。
生きていたら本当に色々ありますね。
嫌なこと・辛いことがあっても、その先には必ず良いこと・幸せなことが待っていると信じて、これからも頑張りたいと思います。
2022年が皆様にとって良い一年でありますように。
全てのミャンマー人の皆様が、安全に過ごせますように。
心からそう願っています。
私は、ミャンマーという国、ミャンマーにいるミャンマー人の仲間、皆様を大切に想い続けています。
どうか、全てのミャンマー人の皆様が、またあの素敵な笑顔で毎日を過ごす日々がきますように。
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